上野の山では、水戸黄門の印籠でおなじみの本家本元の「三つ葉葵」の紋が、そこかしこでみられますよ。
同じ、三つ葉葵でも時代ごとに、微妙にその形が違います。
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上の写真は東叡山寛永寺の根本中堂の、
平成18年の外塀の改築工事の際の
塀の瓦屋根についている三つ葉葵の紋です。
この塀が何時まで、存続するかわかりませんが。
今上野の山にある徳川家由来の三つ葉葵の中で
一番新しい「三つ葉葵の紋」だと思います。
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上の写真は「寛延4年」(1751年)の寛永寺に奉納された石灯籠の「三つ葉葵」です。
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コチラの写真は寛永時代のです。
東叡山寛永寺根本中堂前に奉納されている石灯籠のものです。寛永6年(1629年)が刻まれています。
ちなみに、この年に「女舞、女歌舞伎が禁止になりました」。
うっすらと赤いのは、私の推測ですが、よく拓本と取る為に墨をぬってそのままのマニアもいますから、その残りかもしれません。
上野で葵の紋を見つけたときは、年号をその形と照らし合わせて徳川時代に思いをはせるのも楽しいですよ。

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